語られなかったロックンロール

ロックンロールの歴史の中に埋もれてしまって、音楽ジャーナリズムには余り相手にされず、誰も語ることのなかったミュージシャンやバンドについて、敢えて語ってみようではないかというのがこのコラムの趣旨です。
メディアの力って無視できなくてレコードとして世の中に出ていたとしても、メディアが取り上げてくれなきゃ普通私達はその存在すら知ることができないのです。
世の中に知られてなくても自分で素晴らしいと思ったら、他人に伝えたくなるのが人間の性分というものでしょう。これをトリビアといったりミニマリズムといったりするのかも知れません。
世の中に悪い音楽なんてないんだという信念に燃えて、隠れたる名盤(迷盤?)からウィアードでビザールなものまで含めて、20世紀のアメリカが生んだ大衆芸術ロックンロールを世間で通用している見方とは違った切り口で楽しんでみたいと思います。





70年代後半突如LAから出現した日系三世のバンド、ヒロシマ

琴・尺八・横笛・三味線・太鼓といった日本の楽器を取り入れて、ジャポニズムとロックやジャズをミックスした、アメリカのレコード会社と最初に契約したアジア系バンド。
まずヒロシマというバンド名がいいよなあ。先の大戦で世界で最初に原爆が落とされて壊滅し、不死鳥のように復興した反戦と平和のシンボルとして世界中に有名な都市。その名にふさわしく力強くエネルギッシュでやさしく心を落ち着かせる音楽をやっている。 ところがアメリカでこの名前を名乗るのは、かなりの勇気がいることになるのかも知れない。アメリカ人の感情を逆撫ですることになりかねないし・・・。
日本に来たときにもスイングジャーナル誌が後援したりして、どうもジャズバンドとして見られていたみたいだ。ところが輸入盤はタワーレコードのロックコーナーに売っていたし、ギターはばりばりのジミヘンだった。
日系のバンドというのが非常に珍しく、当時一部のマスコミに華々しく取り上げられていたのが強く印象に残っている。 祖父・祖母の国に錦を飾ったという感じの彼等は余りにも日本的な内容で、洋楽崇拝の日本の若者達にとって新鮮な感動はなかったみたいだった。アメリカでは一部エキゾティックな感動で受けたんだろうが・・・。
でも私にとっては非常に和めていい音楽だったんだがなあ。日本には真面目にプッシュするメディアもなくて、いつのまにか忘れ去られて情報も入って来なくなってしまった。LAとかカルフォルニアでは活動していたのかもしれないけどね。当時現地にいて知っている人がいたら教えてもらいたいものだ。
それでは4枚のアルバムを順にレビューして、彼等の素晴しさと駄目さかげんを考えてみよう。






70年代末NYから出現したウィアードなヘビーパンクバンド、プラズマティックス

もとストリッパーのボーカリスト、ウエンディ・O・ウィリアムスを中心とした、NYのクラブで本物のクルマを爆破したりチェンソーを振り回したり銃をぶっぱなす(空砲だろうが)という過激なステージで話題を呼んで一部の熱狂的なファンのみに人気があったが、全然レコードが売れなかった音楽よりもロックピープルとして注目を集めたバンド。
そもそもウエンディの服を着ている写真を見たことがないくらいオッパイ丸出しの裸同然の格好で(乳首だけは隠していた!?何いってんだ!)ライブを行っていて、いつも怒って喚くようなどすの利いた声で唄うので強いお姉様が好きな人はハマると怖い。但し、子供は聴いちゃ駄目。でもステージは見たかったなー(笑)。
サウンドは重くて早いパンクだが、曲調は非常にバラエテイに富んでいて音楽的クオリティは高い。歌詞はアンチエスタブリッシュメント・終末論・女性上位の愛とセックス至上主義で、ちょっとやりすぎという感じがあるからこれでは既成のメディアは無視するなあ。でもこれが生き様として本物のロックンロールじゃないの。
ウエンディはレコードが売れなくてバンドを解散した後もソロでレコードを出したりしていたが、80年代以降噂を聞いていないと思ったら1998年の5月に48才で自宅で亡くなっていた。どうも自殺だったらしい。無念。(合掌)
できればレコードを聴いて頂いて、視覚だけでない彼等の素晴らしさ魅力を再評価して欲しい。






南部のオハイオから出てきた白人ファンクバンド、ワイルド・チェリー

オハイオ州のファンクバンドといったら真っ先に思い浮かべるのはオハイオ・プレイヤーズだが、明らかにその影響を受けたと思われる白人ファンクバンドがこれである。1976年の真っ赤な唇の大写しのジャケットで有名なデビュー作がそこそこヒットしたので知っている方も多いと思う。
「プレイ・ザット・ファンキーミュージック」が日本のTVCMでも流れたことがあるくらいだ。いまではダンクラ(ダンス・クラシック)の定番になっている。
レコードジャケットもオハイオ・プレイヤーズに真似て色っぽいものばかりで、彼等のレコードを集めるのにも力が入るのではないか(笑)。中心人物はギターとボーカルのロバート・パリッシで、ほとんどの曲作りとプロデュースを行っている。アーシーでヘビーなファンクナンバーは本家のオハイオ・プレイヤーズには足下にも及ばないが、これが白人バンドがやっているとは思えない黒さはある。ただバラードになると白人的資質がもろに出てしまうので白人バンドだと分かってしまう。それでも彼等は2枚目のアルバムまでメンバーの顔写真を一切載せないほど徹底していた。
それでは彼等の4枚のアルバムを順次見ていって彼等のB級たる由縁を考えてみよう。






女だけの本格的ファンクバンド、アイシス

アイシスとは古代エジプトの豊饒の女神、またはスフィンクスの妻のことである。エジプトとピラミッドというとアース・ウインド&ファイヤーの女性版かと思ってしまうが、ジャケットの写真を見る限り黒人ばかりのメンバーでないのは一目瞭然だ(逆に黒人のメンバーは1人のようだ)。
しかしもサウンドは腰の座った太くてファンキーな全く黒い音楽をやっている。白人のファンクバンドは、例えばアベレッジ・ホワイト・バンドとかワイルド・チェリーとかあるんだが、女性のファンクバンドは当時でも今でも彼女らが唯一無二の存在であろう。それに曲も演奏力も男性バンドに引けをとらない。
日本では全然知られてなく恐らくレコードもCDも出ていないと思う。たまたま彼女らの輸入版のファーストアルバムを手に入れて、その魅力にとりつかれた。何とか少しでもその全貌を知ろうと、やっとの思いで輸入版のセカンドアルバムを手に入れたのだった。
それではこの2枚を順次紹介していくので、彼女らの魅力の一端に触れて欲しい。






CCR(クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル)になれなかったレッドウィング

サンフランシスコのバークレイにある小さなライヴハウス「ニューオリンズハウス」に出ていたレッドウィングは、その人気を聞きつけた地元のファンタジー・レコードにスカウトされデビューすることになる。
ところが当時ファンタジー・レコードには人気を博しつつあったCCRがいて、同じタイプのバンド両方に力を入れることができなかったのか レコード会社はCCRの方をプッシュし続けた感があった。曲作り、演奏力、そして歌唱力はCCRに勝るとも劣らずだったが、やはりプロモートの面でレーベル選択を間違ったのではないのかと思われる。
明らかにイギリスのビートルズ、ローリングストーンズに影響を受けたと思われるレッドウィングは、リズムギターのロン・フローゲルとリードギターのアンドリュー・サムエルズ、そしてギター、ピアノのトム・フリップスらが曲を共作しヴォーカルを取っている。アンドリューとトムのギターソロは聞く人の耳を圧倒する。
チャック・ベリー調のロックンロールからビートルズ調のメロディーやハモり、ストーンズ風リフと非常に分かりやすいが、乾いた荒々しさが堪らない魅力となっている。しかしながらライヴバンドとして培われた力は侮れないがCCRを超えるオリジナリティーは発揮できなかった。
彼らの3枚のアルバムを順次紹介して行くので、彼らがB級で留まらざるを得なかった無念さを感じ取って欲しい。





 


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