今頃になってサッカーワールドカップの話題で恐縮ですが6月27日の南ア現地時間に行われたドイツ対イングランドの試合で、ミック・ジャガーがスタンドにいるのがテレビ中継で映っていたのに気付いた方がどのくらいおられるだろうか。試合はドイツの疑惑のゴール等がありましたが4対1でドイツが圧勝しました。ミックもイギリス人だなー、サッカーが好きなんだと思いました。ロッド・スチュアートもスタンドのどこかにいたのかも知れないが(笑)。
サッカーって人種や体格、肌の色に関係なく誰にでも公平にチャンスが与えられるスポーツとして世界中に人気があるようで(実際は欧州リーグで活躍している選手がいないと勝てない?)、FIFA(国際サッカー連盟)が仕切るワールドカッブの中継はオリンピック以上の視聴率を稼ぎ出しているらしい。日本もこの流れに巻き込まれて日本チームが予想外に勝ち進んだときの国内での盛り上がり方は凄かった。まあ高い中継料を払っている民放各社が視聴率稼ぎで煽ったということもあるが。
冷静に日本チームの一次リーグ突破を見てみると、本田圭祐の好調が得点に結び付いたからに尽きると思う。一次リーグの日本チームの総得点4のうち3は本田によるものと断言出来る。岡田監督は第一戦のカメルーンに予想外に勝ってから一度も先発メンバーを替えていない。本田のトップ投入が功を奏してから怖くて変更なんかできなかったのだ。それで何とか一次リーグを2位で潜り抜けた。準々決勝でのパラグアイとのPK戦で日本はしくじると思ったね。守りのサッカーやってるんだから選手は萎縮するよ。
さて岡田元監督批判はこのくらいにしてミック・ジャガーの話しに戻ろう(何か取り留めないが・・・)。2008年のストーンズのニューヨークビーコン・シアターでのライヴ"Shine A Light"のDVDを観ると、クリントン元大統領やヒラリー国務長官、ブレジンスキー元補佐官など米政界の大物達も来ていて、やあ日本なんかと違うなあロックの社会的認知度が高いと思わざるを得ない。ストーンズはセレブだから格が違うと言ってしまえばそれまでだ。ヒラリーは青春時代はストーンズとビートルズだったと公言しているし、ロックは単なるガキの喧しい音楽から大人の鑑賞に堪えうる音楽になって来ているんだと思わざるを得ない。やはりストーンズのように60年代からずっと今でも現役で活躍しているバンドやミュージシャンがたくさんいるからに他ならないのだろう。(7/30/10)
同じ構図のエロっぽいレコードジャケットを並べてみました。男のスケベ心をくすぐった売らんがための商魂丸見えです。
でもジャケットだけじゃなくて中身の音楽も素晴らしいものがあるからジャケット買いは止められません(笑)。
先日ロックの放送が公に禁止されていた頃のイギリスの海賊放送局を題材にした映画、パイレーツロック(原題The Boat That Rocked)を観てきた。音楽雑誌等でも取り上げられて話題になっていたし、そもそも60年代のある時期イギリスでロックを流すラジオ局がBBC以外になかったことさえ知らなかった。
ロックの放送が禁止されているのなら公海上の船の上からだったら問題ないだろうと、法律の網をくぐった海賊放送局を作ったわけだ。だからパイレーツという。実際はパイレーツ・ラジオステーションのことだ。
ストリーは素行不良で学校を追い出された10代の若者が船にやってくることから始まる。船にはレスビアンの料理係以外女はいない。長い航海生活の中で唯一の楽しみは時々船に乗り込んでくる女たちとのドラッグなしのセックス&ロックンロール、そして船を潰そうとする当局との攻防戦が平行して続いて行くのだ。
正直なところ商売柄ストリーよりもどんな曲が掛かるかが興味津々だった。始まって直ぐキンクスの「オールディ・アンド・オール・オブ・ザナイト」が掛かった時は嬉しくなった。キンクスはその他「サニーアフタヌーン」も掛かっていた。昔横浜のHMVでXTCのアンディ・パーリッジのサイン会が催された際に「ビートルズが好きですか?」と訊いたら、"Kinks is more"と言われたのを思い出してしまった。
フー、スモールフェイセズ、フリーと掛かってビートルズは全くなし、ストーンズは「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」が少し掛かっていた。ビートルズやストーンズは権利の問題なんかもあるのだろうが、当時のイギリスの若者たちが親に隠れて必死に聞いて熱狂していた曲を耳にすることができたのが良かった。でもあれって掛かってた曲がすべてリアルタイムじゃない気がする。多分に監督の好みで入れているのではないだろうか。
ジミヘン、モータウン、ビーチボーイズにダスティ・スプリングフィールドと連なるが、やはり新鮮で驚愕させられたのはタートルズの「エレノア」だろう。劇中に効果的に使われていて非常に印象に残った。当時のイギリスのヒットチャート1位らしい。日本ではタートルズというと「ハッピートゥギャザー」くらいしか知られていなかったと思うが。
しかし何と言ってもこの映画ではキンクスが最高だ。一番ロックンロールバンドらしかった頃で他のバンドと比べても抜きん出ている。この後はイギリスの日常生活をウィット且つシニカルに唄うレイ・ディヴィスの個性満載のバンドに変貌して行ったが。そこで「皆さんキンクスを聴いてください!」とお店の宣伝をしておかないと。キンクスいっぱいあるよ!
日本のロックの現状を見ると地上波のテレビに趣味的且つ先鋭的な音楽番組が全くないんだね。今に始まったことではないが、ジャニーズ系が席巻している状態が続いている。毒があって危ないバンドなんて観れないから何か面白くないんだな。まあそんなバンドが出たらスポンサーが付かないから地上波のテレビ局は二の足を踏むだろうけど。
日本ではロックンロールで名声と大金を手にするなんてことはあり得ないのか。ストーンズやU2,それにボン・ジョビのように。ロックンロール文化の成熟度といったら英米に比べたら日本は子供みたいなもんだろうから、せいぜい昨年の紅白歌合戦に矢沢永吉が出て大騒ぎするくらいが関の山かな(私は観てないが・・・)。まあ矢沢永吉が本当のロックンローラーかは別にして。
CS放送の音楽専門チャンネルのスペースシャワーTVやMTVでは、日本の地上波には出ていないがそこそこCDを売ってライヴハウスの観客動員数のある様々なバンドのPVが流れている。夏フェスになるとこういうバンドがこぞって出演し大観客を集めるのだから面白い。こうやって日本のロックは一緒くたにならなくて細分化している。一方で地上波に出ている少数のロックバンドもあれば、他方でCS放送とライヴハウスとフェスに出ている多数のロックバンドがある。
イギリスのように様々なバンドが一緒くたになってしのぎを削るという風になると、日本のロックンロール文化の成熟度も上がると思うんだが。日本でもビートルズのリアルタイム世代が60代になっている現状を考えれば、メディア側も垣根を取っ払ってどんどん新しいバンドを紹介してもらいたい。各家庭の茶の間で受け入れられる素地はあると思う。といいながら今は「ゆらゆら帝国」と「キノコホテル」を愛聴しています。お店では売りませんが(笑)。
ブルースやR&B等の黒人音楽のレーベルとして有名だったチェス・レコードの創立から終焉までを描いたアメリカ映画、「キャデラック・レコード」のDVDが出たので早速レンタル屋から借りて来て観た。2008年の制作で日本では確か昨年都内の数館で上映されたはずだ。地方都市に住む身としてはなかなか東京まで観に行けるはずもなく、DVD化されるのをじっと待つしかなかった。
ポーランド移民のレンとフィルのチェス兄弟がシカゴの黒人街でライヴハウスを始め、そこに集まる黒人たちのブルースへの熱狂に商機を見いだしレコードを出そうとチェスレーベルを立ち上げる。50年代のアメリカでは黒人音楽が一般のラジオに掛かることはなく、大多数の白人は黒人音楽を耳にする機会は全くなかったのだから。レンは自分のライヴハウスで演奏していたマディ・ウォータースをレコードで売ろうと考える。なぜか映画ではチェス兄弟のフィルは出て来なくて、レンとマディとの関係とその周りの人間模様で進行して行く。
白人であってもWASPからすると差別される側にあったポーランド人のレンがなぜ黒人音楽に興味を持ったかについては詳しく描かれてはないが、当時のアメリカに於けるポーランド人の社会的地位なんかも黒人に共感しざるを得なかったのではないかと想像される。マディはミシシッピーの綿花畑で唄っていたスタイルをそのままシカゴに持ち込むが、シカゴのような都会でのアコースティック・ギター演奏は騒音で音がかき消されて聴衆に訴えることができない。そうこうしてギターをエレクトリックにし、ギターが弾けて歌が唄える黒人はスーパースターになって行くのである。
映画のタイトルの「キャデラック・レコード」とは、レコードがヒットするとギャラの代わりにレンがクルマのキャデラックをマディに与えたことから来ている。レンはブルースのレコードを売るためにはラジオのDJを金で買収することも平気でする。このように何が何でも売ってやろうとあらゆる手を尽くす。レンとマディが公私ともに親しく付き合い一緒になってチェス・レコードを引っ張って行くのである。マディの女好きやリトル・ウォーターとの関係も描かれているし、ハウリング・ウルフ、チャック・ベリーも登場してくる。ビヨンセがエタ・ジェームス役で劇中で本当に唄っているのは感動ものだ。
ローリング・ストーンズがチェス・レコードを訪ねて来て、マディに「俺たちはあなたのローリング・ストーンからグループ名を付けました」とミックが言う場面もある。チェス・レコードがヒットを出せなくなって行き詰まりレンは会社を清算する。その直後レンは急死する。60年代後半にマディがイギリスのバンドのショウに招かれて、ロンドンのヒースロー空港で大歓迎される象徴的場面で映画は終わる。
確かにチェス・レコードがなかったら今のようなロックンロールはなかったかもしれない。レン・チェスは金儲けのためにチェス・レコードを起こしたのかもしれないが、彼の熱意と努力のお陰でビートルズ、ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトン、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープルも誕生し得たのだと思うと感慨深い。